26冊の、辞書。
役に立たないものに、なぜか夢中になれた夜の話。
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学生の頃、夜中の部屋で、テレビの光だけを頼りに、ある言語の文字とにらめっこしていました。
アルベド語、といいます。
ファイナルファンタジー10という、ゲームの中に出てくる、架空の言語です。
架空、です。
この世のどこにも、存在しません。
喋れるようになっても、海外で通じません。
面接でも、たぶん使えません。
「御社でアルベド語を活かしたいです」と言ったら、
面接官の目が、少し遠くなると思います。
それでも、私は覚えました。
辞典を、拾い集める
FF10の世界には、アルベド語の辞典が、全部で26個、あちこちに落ちています。
1個拾うと、暗号みたいだった文字が、1文字だけ、読めるようになる。
「ア」が読める。次の街で「イ」が読める。みたいな感じです。
最初は、画面いっぱいの文字化けです。
それが、辞典を集めるほど、ただの背景だった看板や張り紙が、急にこちらを向いてくる。
これが、たまらなかったんです。
読めなかったものが、読めるようになる。
ただ、それだけ。
それだけのために、私は世界中の宝箱を、
1個も見逃さない執念で開けて回りました。
この執念を、当時の定期テストに向けてくれていたら、
私の人生はもう少し違ったと思います。
誰にも、頼まれていない
このとき、私の中に、理由は1個もありませんでした。
将来のため、でもない。
親に言われた、でもない。
モテたい、でもない。むしろ逆効果です。
「俺、アルベド語読めるんだ」が刺さる相手は、この地球に1人もいません。
ただ、あの世界の内側に、もう少し入りたかった。
それだけでした。
朝、学校で眠い。授業も聞いていない。
頭の中では、昨日読めた単語のことばかり考えている。
英単語ひとつ覚えられないのに、この世に無い言語は、するする入ってくる。
我ながら、脳の配線がどこか間違っています。
でも、しんどくなかったんです。
「やらなきゃ」が、1ミリもなかった。
「次が知りたい」だけで、勝手に体が動いていた。
これ、たぶん、立派な「学び」です。
何の役にも立たない方の、立派な学びです。
一方で、世界に挨拶だけして帰った男
そんな私も、大人になりました。
そして、世間に急かされて、プログラミングを学ぼうとしました。
理由は、かなり立派でした。
これからはコードくらい書けたほうがいい。置いていかれたくない。
立派というより、タイムラインの湿気を吸って膨らんだ言葉でした。
それで、プロゲートを開きました。無料で学べる、あれです。
最初のレッスン。黒い画面に文字を打つと、「Hello World」と出る。
世界に、こんにちは。
私は、世界に挨拶しました。
そして、その日のうちに、帰りました。
早退です。
世界に「こんにちは」とだけ言って、そのまま玄関で靴を履いた人です。
おかしいんです
ここで、冷静になります。
この世に存在しない架空言語を、辞典26個まで集めて覚えた男が、
実在する、しかも役に立つプログラミングを、Hello World で投げ出している。
おかしいだろ!!!と思いました。
世間の理屈なら、私は「意志が弱い人間」のはずです。
でも、その意志が弱いはずの私が、
誰にも頼まれていない架空言語は覚え切っている。
根性がないはずの私が、宝箱を1個も見逃さなかった。
これ、意志も根性も、むしろ振り切れています。
ただ、振り切れる対象が、めちゃくちゃ偏っているだけです。
興味のないものに体が動かないのは、たぶん、欠陥じゃない。
電池が少ないときに、無理やり重いアプリを動かさない。
スマホで言う、省電力モードみたいなものです。
体は、ちゃんと守ってくれている。
それを世間は、ときどき「意志が弱い」と呼びます。
なかなか雑なラベルだと思うんです。
刺身に「観葉植物」と貼るくらいの雑さです。
拍手で走るエンジンは、脆い
ここで、ひとつ白状します。
私はずっと、こう信じていました。
「やりたいことのために、やりたくないことも頑張るのが、大人だ」
立派な言葉です。
もちろん、やりたくないことを一切やらない、という話ではありません。
大人なので、請求書は来ます。歯医者の予約もあります。
靴下は、なぜか片方だけ消えます。
人生は、わりと地味な手続きでできています。
ただ、さっきの「やりたくないことも頑張るのが大人」には、
少し罠がある気がするんです。
その頑張りの燃料が、自分の中の火じゃなくて、
「頑張ってる自分、えらい」
「誰かに認められたい」
「置いていかれたくない」
だけになっていると、わりと早く止まる。
他人の拍手で走るエンジンは、観客席が空になった瞬間に、咳き込みます。
ステージ袖で、急に車検切れです。
私のプロゲートは、たぶんそれでした。
プログラミングそのものを知りたいというより、
「プログラミングを学んでいる自分」になりたかった。
うっすら、賢そうですからね。
でも、誰も見ていない部屋でHello Worldと向き合った瞬間、その燃料は消えました。
拍手のないHello Worldは、思ったより、静かでした。
順番が、逆だった
ここで、アルベド語に戻ります。
あれは、役に立つから覚えたわけじゃない。
役に立たないことは、最初からわかっていた。
でも、あの世界の奥に、もう少し入りたかった。
アルベド語は、目的じゃなかったんです。
あの世界を深く味わうための、鍵みたいなものでした。
鍵が欲しかった、というより、開けたい扉が、先にあった。
たぶん、順番がそこなんですよね。
役に立つから学ぶ、だと、役に立たなくなった瞬間に止まる。
知りたい扉が先にあって、そのために学ぶ、だと、止まりにくい。
学びが主役になると、重い。
手段になると、勝手に体に入ってくる。
味噌汁に入っているワカメくらい、自然に入ってくる。
たまに、増えすぎます。
ちなみに今、私はコードが読めます
おもしろいことに、Hello Worldで帰ったあの男が、
いまは毎日プログラミングをしています。AIの力を借りつつね。
立派になりました。
いや、まだ油断すると、玄関に戻ります。
でも今は、AIに「こういうものを作りたい」と話しかけています。
するとAIがコードを書く。私はそれを見る。動かす。壊れる。直す。また動かす。
その繰り返しの中で、知らない単語や書き方が、勝手に頭に残っていくんです。
覚えようとしていないのに、です。
これ、アルベド語とまったく同じ動き方でした。
辞典が落ちている場所が、ゲームのマップから
コードの画面に変わっただけなのかもしれません。
ただし、今回の辞典は、26個では済まなそうです。
そこだけは、勘弁してほしいです。
大人の、ちょっとずるい知恵
大人になると、夢中は、もう勝手には降ってきません。
子供の頃みたいに、気づいたら朝までやっていた、が減っていく。
その代わり、大人には、少しだけ知恵がつきました。
ただ、私たちはその知恵を、たいていこっちに使ってしまう。
「どうやったら、効率よく学べるか」
時短の動画を探して、要点だけの本を買って、最速ルートを調べる。
でも、これ、順番が逆な気がするんです。
効率を上げても、夢中じゃないものは、続かない。
効率のいい苦行は、ただの、効率のいい苦行ですからね。
だったら、知恵を使う場所が、少し違うのかもしれません。
「どう効率よく学ぶか」より、
「自分が何に勝手に手が伸びるか」を、先に知っておくだけでいい。
落とし穴を、自分で掘って、自分で落ちる。
かなり間抜けですが、人間はたぶん、それくらいでちょうどいい気がします。
自分軸、と言うと口がミントになる
自分軸、という言葉があります。
ちょっときれいすぎて、口に出すと、口の中がミントになります。
なので、そんなに立派な話はしません。
要は、こういうことだと思うんです。
自分の謎を解いているか。それとも、他人の正解を、なぞっているか。
他人の正解をなぞっているとき、人はずっと、誰かの採点を待っています。
合ってますか。遅れてませんか。これで、置いていかれませんか。
首に見えない名札をぶら下げて、ずっと面接会場にいるような感じです。
なかなか、疲れます。
でも、自分の謎を解いているときは、採点者がいません。
誰も褒めないかもしれない。お金にもならないかもしれない。
それでも、なぜか手が伸びる。
その手応えは、静かです。
派手じゃないけど、ちゃんと、自分の中から来ている。
私は、その静かな手応えのほうが、最後まで長く残る気がしています。
あなたの辞典は、もう落ちている
夜中の部屋で、アルベド語の文字が、
1文字ずつ読めるようになっていったあの感じを、私はまだ覚えています。
世界が、こちらに、1文字ずつ近づいてくる感じ。
あのときの私は、学ぼうとしていませんでした。
ただ、知りたかっただけでした。
だから、もし焦って、誰かの言葉で何かを始めて、
3日でやめて、自分を責めそうになったら学び方を調べる前に、
ひとつだけ、思い出してみてほしいんです。
昔、誰にも頼まれていないのに、夜中まで夢中になっていたもの。
役に立たないと知りながら、なぜか覚えてしまったもの。
ゲームでも、漫画でも、なんかのコレクションでも、なんでもいい。
あなたがどんな扉を開けたい人間なのかを、いちばん正直に知っているはずです。
あなたの辞典は、もう、どこかに落ちている。
あとは、拾いに行くだけです。
Hello World
昔の私は、世界に挨拶して、その日のうちに帰りました。
でも今は、挨拶のあとで、こう聞けるようになった気がします。
「次は何を作ろうか?」
学びとは、やらされるものではなく
やりたいという自分と向き合えた時に
初めて成り立つ言葉だと感じています。
それでは、また。
STΛCK




自分で好きで始めたことでも
やっていくうちに、誰かに認められるうちに
目的が誰かに認められることに変わっていくことはけっこうある気がする
クリエイティブも好きなことより
注目を集めることになったり
そんな中、FunStackは
誰かと一緒に作る楽しさだったり
そもそも、何かを生み出すこと自体の楽しさだったり
原点に返りたいとき、
よく遊びに行かせていただいています
この記事からも、そんな温度感を感じ取れて
一息つけた気がしました
一本歯下駄で世界で初めてフルマラソンを走ったことと、アルベド語を習得したことも、根本は一緒なんだろうな!